2008年3月のバリ。

2008年4月27日 (日)

どぶとゴミ。

バローンの自宅前には日本にも昔はよくあった、ドブが流れています。
生活用水はそこへ流れていくようです。
写真でわかるかなあ、右下のところに少しうつってる溝。
あ、
ちなみにこの写真は結婚式のために作ってくれた入り口のアーチです。
すごいよね。
ヤシの木、竹なんかで作るのね。
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右上のほうに写っている屋根の建物がちょうどトイレにあたります。


ある日の朝。
すりやの夜使った紙おむつについていたうんちをトイレに流して
その紙おむつを丸めて外にあるゴミ箱に捨てに行こうとしたら
バローンのお兄さんがやってきました。
そして
私が手にもっていたおむつを見て
「ブアン、ブアン」
って言うんです。
ぶあん?ん?なんだろ?意味わかんないな。
「ハテ?」
みたいな顔してお兄さんを見ていたら
手を振り上げて何かを投げるふりをしてる。
え?
なに?
まだわかんない。
そしたら
私のもっていたおむつを指差してから
今度はトイレの外に向かって手を振り上げてる。

えええっ?
おむつを外に投げろって?
自分のもっていたオムツを外に投げるふりをして、
「コレ?そとに捨てるの?」
って聞いたら、
コクン、コクンとうなずくお兄さん。
もしや・・・どぶに?
だって
あのどぶの水はどこへ行くんですか。
それにおむつは水にとけませんよ
しかもでかいですよ
意味がわかりませんよ
わたし




「いいの?いいの?いいんですか?」
しつこくお兄さんに聞いたけど、
「やー、やー。(YESの意味)」って言うし。
きっと、あのどぶ水は適切な所(ってどこだよ。)へ流れていき、おむつもそれなりに処理されるのかしら?
そこでそう判断した私は言われたとおり
「えいっ」
と塀からそとのどぶの溝を目指して投げました。
そしたら見事に外れて、どぶの脇の草の上に落ちました・・・
あわてて外にでてひろって
いざ、どぶの中に捨てようとしましたが・・・
うむ・・
本当にいいんだろうか
またよぎりまして
そこにしばし、ぼーっと立ちすくんでいましたら
どこかのお兄さんが近寄ってきて
やっぱり
「ブアン」
っていうから。
ハイ・・と、ポイしたんですね。。。


次の日の朝。
汚いオムツをまた手にもって
うーーーん・・・
悩む。
ほんとうにすててよいものなのか。
しばし迷ったあげく
お兄さんにみつからないようにゴミ箱へポイッ。
やっぱりなんとなく捨てれない。
あのドブ川がどこに流れていくのか・・・。
途中、ゴミ処理がされているのか・・・




さ・・・されてるわけないじゃないですか!!!!


じゃあ・・昨日のおむつは・・・


そんなことがあったと現地に住んでいる友人に話したところ、
やっぱりダメって!
みんなゴミをポイポイとどぶにすてるもんだから、排水口がそれでつまり
大雨になると、山となったゴミで流れがさえぎられ、そこから道路に汚水が溢れると・・・。


見たことあります!!
その光景!
何度も!
そううかああ
そういうことだったのかあ・・・。
それじゃあ、あのオムツは・・・
気になって、
ちょっと外にでてドブをたどってみようとしましたが
たどる必要もなく
まあ、目と鼻の先、私が捨てたところから10mもないところにちゃーーーんとおりましたよ・・・
胸がいたみましたが、どうしても少し深さのあるドブに入って拾うことはできませんでした・・・・
ああ
次の大雨であのオムツが洪水の原因になるのか
しかもそのあとあのオムツはどこへいくのか
川へながれてゆくのか・・・
バカバカバカアッ!!!
ちょっとなきたくなりました。


それにしてもローカルの人たちはどうしてためらいもなくドブにゴミを捨てれるのか。
前にも記事にかきましたが、バリの人のゴミに対する考え方は私達のそれとは全く違うようです。
ゴミの処理は自宅でもやしているようです。(可燃、不燃とわず。)
またはこうやってドブに捨てるのかっ!!
ドブに限らず道端にもゴミはたくさん・・・。
キレイ好きな日本人だから余計に気になるのかもしれないけど
見た目にも気持ちいいものじゃないよね。
なんでもかんでも燃やしちゃうのも・・・ね。


将来、あちらに住む(であろう)者としましては
本当に気になるトピックなんです。
バリのゴミ事情。
余計なお世話かもしれませんが
いつか将来、バリをもっとキレイなるお手伝いができたらいいなあと思います。

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2008年4月20日 (日)

指輪とサンダル。

今日はこの間に書いたメモの5行目、
「指輪とサンダル」について書こうと思います。


一体、なんのこと?
だよね。


まず、サンダルってのは
すりやのサンダル。
その片方をバリでなくしてしまったんです。
バイクで移動中に落としてしまったのです。
日本から持っていった新品のかわいいクロックスだったからかなりへこんだよ・・・。
それが25日のこと。
そう、結婚式の前日のことでした。


そして指輪。
これはかなり衝撃的ね。
バローンの結婚指輪なんだけど
これが27日
つまり結婚式の次の日に・・・


割れた!!!!


割れる・・・って・・・。
なんですか。ソレ。
シルバーの指輪なんだけど、突然、割れたってんです。
しかも・・・
結婚式の次の日に~~~~
なんっか、不吉・・・だよね。


すりやのサンダル紛失
そして
結婚指輪の破損
この二つに共通すること・・・が
あるかも・・・しれないんです。


サンダルがなくなったことを現地にすむ日本人のお友達に話したら
こんな話をしてくれた。
以前
彼女がサンダルを片方なくしてしまったとき
彼女が聞いた話。
それは
サンダルが彼女の身代わりになってくれたかもしれない、ってこと。
身代わり?
はて?
この場合
誰からか送られた邪悪な念が
彼女ではなく、サンダルに移ったというのです。
つまり、サンダルが紛失、という形で彼女の身代わりになったというわけです。
これぞ!


ブラックマジック(黒魔術)!!!


ふむ~!
インドネシアは魔術のさかんな国。
バリもしかり、です。
バリの人たちはすごくその力を信じていて、恐れています。
嫉妬や妬みから、黒魔術をつかってその人をこらしめたり
指輪などにパワーを入れて人を操ったり。
よく聞く話です。
私も以前、黒魔術にかけられたことあるから!(3月24日のとこをよんでください。
そうそう
それで、今回のすりやのサンダルがなくなったのも
黒魔術によるものかもしれないね、って。
どんだけ楽観主義だよ!
とも思いましたが、まあ、本当にそうだとしたら、サンダルなくしたくらいでよかった、って思えるからね。
というわけで
割れた結婚指輪にしても同じ考え方で考えることにしました。
ふっつーに考えたら
「結婚式の次の日に割れるなんてアリエネー!」
と未来が不安になるとこですが
これを
「指輪が私達を守ってくれたんだ」
と考えればなんてありがたい気持ちになることでしょう。
でも私はほんとに信じちゃってるけど、、そのパワーを。
だって、バローンはその指輪は数えるくらいしかつけたことなくって
しかも割れたときだって、たたきつけてたりしたわけじゃなく
突然、バリン、と割れたっていうから。
もしかしたら私達の結婚を妬んだりした人が送った念から割れたんじゃないか、って
本気で思ってますよ。(やっぱり日本人妻をもらうことは妬まれる対象になるみたいだからね。)



そんなわけで
指輪とサンダル。
わたしたちを守ってくれたんだよ。(たぶん。)
感謝しなくっちゃね。
ありがとうございます。
バリにいるとつきない、このブラックマジック(黒魔術)ネタ。
また書こうと思います。


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「サンダルが身代わりになってくれたのはいいけど、その後かってもらったサンダルがビッミョー。」


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2008年4月 7日 (月)

すりや、初めての飛行機。

バリへは飛行機で直行7時間。
長くはないけど、短くもない。
まあ
本でもよんで、ちょっと寝ちゃえば着いちゃう距離です。
しかああし
今回は話がちがあう!
だって・・・




初の子連れ飛行~!




ただでさえじっとしていないすりや。
そんなすりやを7時間もの間、どおするか・・・。
しかもすりやの席はないのに。。。


結果。


最初、離陸のとき大泣きしました。
私のベルトに子供用ベルトをつけるんだけど、それをいやがって。
用意していたミルクもあちちで飲ませられず・・・。(コレが失敗だったね・・・)
その後はどうにかこうにかごまかしながら・・・。
席は予約時に一番前のスクリーン前を予約。
そこが比較的広いので。
私達の足元にすわるくらいの余裕はあったので
これは助かりました。
でも
帰りの便も当然、その席だとおもってたら
帰りは満席だったのかなんなのか
普通に窓側の席になってしまいました。
帰りはバリを夜の10時に発つ便。
ジャカルタで1時間くらいストップオーバーします。
なんとか寝てくれたから助かったけど、バローンと順番っこに眠るすりやをだっこ。
これがきつかったです・・・。
私達は当然、眠れず・・・。


行きは横4人席に私達夫婦と、アメリカ人の女性で、一つ空席だったので、それがけっこう助かりました。
しかもそのアメリカ人が、騒ぐすりやにいやな顔ひとつせずに、笑いかけてくれてたので精神的にラクでありました。
しかし
帰りの便が。
私の前にすわっていたおじさんが、一回後ろを向いていやな顔をするのを見ちゃったもんだから
いろいろ気をつかってつかってつかいっぱなしで、本当にクタクタになっちゃいました。


子連れの飛行機はやっぱり大変だね。
またもう少し大きくなったら違うのかな。


そうそう、コドモ用お食事。
こんなかんじでしたよ。(行き)

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ミールが入っていたハコ。
かわいいから本当はもらってきたかった。
でももらって帰ってきて、どーすんの、って話ね。


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ケチャップライス、チキンとほうれん草のクリーム煮、牛乳、バナナ
すりやは寝てしまい、ほとんど私が食べました(笑)
大人用のよりおいしかったわ。ただ、味付けはすりやにはちょっと濃かったかも。


帰りの便は疲れきって、写真なんかとる余裕もございませんでしたあ。


ともあれ
なんとかバリへの飛行をクリアしたすりや。
総合的にみれば、よい子でいらっしゃいましたよ。
さあて
次のフライトはいつになるかね?
しばらくはないかな?
確実なのは
次はちゃあんとすりやの席も予約するんだろね、ってこと。


えーーーと
でもしばらくはおあずけで大歓迎でーーす。
やっぱり一苦労でしたもの・・・。

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2008年4月 5日 (土)

メモ。

東京は桜吹雪がまって、美しい昨日でした。


さて
これから少しづつ、
バリからオンタイムで伝え切れなかったことを書いていこうと思うんだけど
ここにトピックスのメモ、書いといていいですか。
(書いた記事はリンクできるようにします。)


ガルーダで戴いたもの
バリで感じた子育て・食べ物、衛生面、病気、精神的なこと、だっこ
ブラックマジック
「お祭り」という訳(やく)
指輪とサンダル
バリアン・すりやの前世と前世からの借金
医療制度
バリのパン
かえる御殿
一人で食べるご飯
バナナの種類
バリでの出産
牛乳飲まない
バリ語とインドネシア語・スリヤはどっち
キレイな高校生(ゴドックのお友達)
ゴドックの高い声の「ス~リヤ~」
ちょうちょ
どぶとゴミ


コレだけ読んだら
「はあ?」
ってかんじですか。
まあまあ
すこしづつ、お話していきますね・・・。
今日は肩が痛いのでモウ寝ます。
グウ。
おやすみなさーい。


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2008年3月28日 (金)

写真だけちょっと。

写真だけちょっと。
写真だけちょっと。
準備のときの写真!

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まるでうるるんなんとかだよ。

まるでうるるんなんとかだよ。
きづけばあとバリも残すところ三日となりました!

なんやかんや
忙しかったのと
携帯の電波の調子がよくなかったのと
疲れ切ってしまったのとで
なかなか更新できず…でした。

結婚式はきのう(26日)、無事に終えることができました。

家出してからも
やはり毎日のようにバローンともめ、涙していました。
23日の儀式では
きてくれた韓国の友達の励ましの言葉に涙があふれ
それを見ていた私の日本から来てくれたおばさんも泣いてしまったり…。


そして
式の前日。
朝の準備の時でした。
一緒の敷地にすんでいる義理のおねえさんに
服装のことでいきなりみんなの前で注意されました。
それが
上にきていたTシャツをグイとつかまれて
勢いよく言われたもんだから
弱っていた私にはかなりのパンチが入り
おもわず近くにいたバローンに
「なんで言ってくれないのよ!」
と責めちゃって。
そして
悔しさからかなんなのか
とたんに再び涙あふれる。
周りはびっくりしちゃって
まあまあ、いいよいいよ、ってな空気に。
そのあと
涙がぶわわわと出て来ちゃったから
(お手伝いにきてくれてる人たちがたくさんいたから)
キッチンににげこんで。
いつもよくしてくれるバローンの一番上のお兄さんの奥さん(私は勝手に彼女をバリの母だと思ってる)や
他にも親戚の人たちが何人かいた。
またまた(笑)ないてる私をみてびっくりすりみんな。
「どしたの!またバローンと喧嘩したの?(←みたいなことをいっていたと思う…)」
説明できずにただ首をふることしかできない私をみて
誰かがバローンにききにいき
それをキッチンのみんなに伝える。
みんな
「あのひとは口うるさい人だから気にすることないよ!だから泣かないで!」
と慰めてくれた。
おもわず私はそこにいたかあさんに
「私はバリ人じゃあないよ!なんにもわからないのに!」
って、しゃくりあげながら言ってしまった。
そしたら
かあさんも一緒に泣き出してしまった…。
結局
そのあと、バローンの弟くんも来て(彼は少し英語が話せる)なだめられ、(バローンはちなみにキッチンには来なかった)
おちつきました。
おねえさんがなぜそこでないたのか
たぶん、私を哀れんでくれてんだろうな…と思ったら
また涙がでてきちゃいました…。


そのあと
左目に異常発生。
朝起きたときに少しゴロゴロしてるのを感じたんだけど
無理やりコンタクトは装着してたんです。
そしたら
お昼すぎくらいから目は真っ赤。
さらにそのあと
ふつうの明かりさえもがまぶしくなり
痛いもんで目は開かず
それにともなってか頭痛とめまいがして。
もうボロボロ…。
ベットに横になり
なおちゃんにつきそっててもらってたものの
結局病院へ。
周りはもうおおさわぎ。
そりゃあそうだ。
花嫁が式前日に目があかなくなって
ひどい顔して病院なんてね。

でもたいしたことなかったよ。
ばい菌が入って繁殖しちゃったみたいで
点眼と飲み薬を2種類、もらって帰って来た。
目は夜にはおちついたけど
みんなのお言葉にあまえ
私は一足早く就寝…


さて
結婚式当日。

目のはれと痛みはすっかりとれて
少し充血してるくらいに回復しました。

バローンは早朝から起きて
最後の準備をしていたみたいです。
私は少し遅めに(といっても七時…)におきました。


外に出ると
いつもはみんなの作業場が
すてきなブッフェスペースになり
敷地内には椅子が並べてあり
お客さまを迎える準備が整っていました。

式の模様は
日本に帰ってから写真とともに詳しくお伝えしようと思います。


式のために
私はまるでデビ夫人のようなメイクとズラをつけられ
バローンは八時から始まるポトンギギという成人の儀式もやるので(歯を削るんです!)
そのために
私が起きたらすでに顔がしっかりメークされてできあがってました。

式は滞りなく進み
11時くらいに始まり
お昼すぎには全ての儀式は終了。


そのあと三時からは招待したお友達が来る時間。


式の数日前に
外の飾りをみて興味をもち入ってきてくれたオーストラリア人のネイソンさんと
その息子&息子の友達も
きっちり正装してきてくれたり

以前バリに来てた時
毎回お世話になった民宿の主人と奥さん、おじょうちゃんがきてくれたり。


陽がおちてからはじょじょにもりあがり
九時には地元青年団が集結。
歌うたったり
私たちのなれそめを話したり
プレゼントくれたり
みんなで写真とったり。


あっというまに一日がおわってしまいました。


一か月間に流した悲しくって辛かった涙の量よりも
たくさん笑った一日になりました。

一夜明け27日。
朝から片付けと
お金の精算。
はっきりした額を最初に提示してもらえなかったので
いったいいくらかかるんだ?と不安でしたが
思ったよりも安くすみました。(だいたい20万くらいでした。)
これは人によってかなり差があるのと
今の両替のレートがかなりいいのもあるので
今後、バリでバリ人との結婚式をあげる方の参考になるかはわかりませんが…
私たちのはたぶん、かなり簡素なものだったと思います。

私からみればこれで充分!これ以上なにするんだ?ってかんじだけど。


朝、いつもやさしく声をかけてくれる親戚のおばさんが片付けのお手伝いにきてくれました。
彼女は右目が不自由でつぶれているんですが
スラリとした体と優しい笑顔がすてきな女性なんです。

帰り際
少しお話をしました。

「じゃあもう家にかえるわね。日本に帰ったらまた頑張ってはたらいてお金ためてぜひバリに戻ってきてね。日本ではバローンと仲良くね。すりやのためにも…ね。」
そんな言葉をもらって
またまた涙があふれてきちゃいました…
なんか別れが寂しくて…。
でもこれはいままでよくしてくれた感謝の涙も混ざっています。

おばさんの左目からも涙が流れました。
「かわいそうだったね、かわいそうだったね…」そう言って頭をなでてくれました。
私は子供みたいにしゃくりあげて泣いてしまいました。

一か月のあいだ
言葉の壁や私の精神状態で
手伝ってくれたひとたちと対話できたのは微々たるもの。
それでも
こんなにココロの奥の奥までこんなにゆさぶられるなんて
…びっくりです。

まったく
なにかあればすぐ泣いて
バローンと衝突して
家出したり
式前日に病院送りになったりまた号泣したり。
なんて話題豊富な日本人妻なんでしょ(笑)

みんなが言ってくれたとおり
最後は感謝と喜びのきもちでいっぱいになりました。

信頼を失いかけていた(笑)バローンとは
またゆっくり時間をかけてこれからのことを決めていこうと思います。


ブログを読んでいつも心配してくれていた皆さん…ごめんなさいでした。
でも無事に終わったよ。
ありがとう。


プレッシャーやらなんやら
肩の荷がおりた残りの数日間、
ゆるくすごせたらいいと思います。


ではまた明日!

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2008年3月22日 (土)

ふぅ〜。

家出から数日…。
日本から励ましのメール&国際電話までもらっちゃって…
嬉しい涙がでてきちゃいます(ToT)

あれから少しはおちついたものの
まだまだ
すぐに琴線にふれてしまい
なんでもないことで涙がでてきてしまいます。

でも!
でも!
でも!


今日のお昼は
きのう韓国からきてくれた友達にホテルまで会いに行き
夕方には日本からきてくれたなおちゃんを迎えに空港までいきました!


空港で
出口からでてきたなおちゃんを見たら
泣きそうになってしまいました。


うれしかったあ…

さて
明日は
すりやとわたしの
誕生祭(?)。
そのために
ぶたがまるごと
焼かれます…
すりやに一頭
わたしに一頭

明日
丸焼きにされるまだ小さなぶたが
庭でブヒブヒもがいています…


リアルね…

また明日報告します。

疲れちゃったのでもうねます!
ごめんなさい!
おやすみなさい!

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2008年3月21日 (金)

体重増加。

体重増加。
すりや。


バリにきてから
確実に太りました。

いくとこ
いくとこ


えさを与えられ(笑)
律義にきちんとそれを完食し

いつでもおなかは満腹状態…


日本に帰ったら
もとの規則正しい食生活に戻そうと思ってますが…

むずかしいかしら…

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2008年3月20日 (木)

パジャマで家出。

18日
朝7時前

パジャマにて家出。

しかし
五分後には
お兄さんにバイクでつれもどされる。

その日の朝
おきがけに
バローンとバトル再び。

もう
目がまわってきてしまいまして
そこにいられなくなり
メガネかけて
お金はいったポシェットだけ下げて
サンダルはいて
パジャマのまま
そこから逃走。


50mくらい疾走して
そのあと
「はぁウブドまで歩くかあ…」
なんて思いながらまだ人通りすくない大通りを歩いていると
後ろから
私の名を呼ぶ声がしたかと思うと
目の前に
バイクに乗ったお兄さん登場。

「うちにかえろう!なくな!なくな!」


「いやだ!いやだ!」
お兄さん
「早く!あとでバローンと話すから!はずかしいだろぅ!」

そういわれ
バイクの後ろにまたがる。
乗った瞬間
涙が再び洪水のように…


そのあと
二時間くらい部屋にこもり
動けませんでした。
心配した兄嫁さんがおかゆを作ってくれたり
義理の弟くんが部屋に様子をみにきてくれたり。
心配をかけてしまいました。
しかもこんなの
近所のかっこうのゴシップネタになること間違いなし…
「日本人嫁、結婚式を控え早朝にパジャマで家から逃走!!」
ってかんじでしょうか…


家族にはほんと恥ずかしいことしちゃったのだな…と反省しております。


しかし
今回、わかったこと。
それは
今までさんざん
バリの習慣やら
生活の水準やら
そういうことに文句たれてきましたが

私がほんとに不満をもっていたのは
バローンにだったってことです。


日本にいたときは
外国人のバローンを私がまもっていた、という意識。
そして
なによりも一番大切なのは
バローンとすりや。


日本では私たち以外に家族のいないバローンにとっては
私は親代わりでもあります。
事務的な用事なんかはもちろん
精神的サポート
全て
私が責任を持たねばなりません。
万が一なにかがあったときだって…
ほんとに
全てを背負ってるわけです。
日本で
なにかもし彼に不都合なこと
例えば職場で外国人だからゆえ不当な待遇をうけたとか
そういうことがあれば
私は意気込んで文句いいに乗り込んでいくし
私は絶対にバローンを守る。
プライドや
体裁や
世の中の常識や
世間のルール
そんなの関係ないもん。
もちろん…自分の欲求がうわまわってしまうこともあるけど…

逆に
バリでは
バローンしか私とすりやを守れない。
だから
何をおいてでも一番に
私たちのことを考えてほしいし
味方でいてほしいのに
今回バリに来て
生活していて
それをどうも実感できない。
バローンはバローンなりに
やること考えること
結婚式という一大イベントをひかえ
頭がいっぱいいっぱいなんだと思う。
そうなると
別に
うちらのことを放っておいてるというわけではないんだけど
そちらで手いっぱいで
結果
わたしなんかは
放置状態…

それを責めると
すぐ喧嘩になっちゃう。
私はわからないことだらけ
すりやに関して不安だらけなのに。


それと
なにかにつけて
「これがこちらのやり方」的なことを言って
私の頭を悩ませる…

ある晩
バローンの仲良しのおともだち二人があそびにきてくれた。
三人でプカプカたばこを吸っている。
別にそれはいいけど
その近くではすりやが遊んでいて
思いっきり煙がすりやにかぶってたの。
だから私がそこで
「煙がもろにすりやにかかってるよ!お父さんなら気をきかせてよ!」
そう言ったら
バローン切れた。


バリでは男の人があつまればたばこは普通。
これ、バリの文化。
変えられない。


それはわかる!
けど
一言目には
「文化」って。


そこで一言、お友達に
「子供に煙ががいってるからたばこはこっちですってくれるかな?」
とか言えないのか!!!

子供の健康より文化(というかこの場合は習慣?)のほうが大切かよ!

バリにきてから
バローンの口から
何度
「文化」という言葉を聞いたでしょう?(使い方がビミョウに間違ってたりしますが)


家出する前に
バローンにいいました。


「バローンが文化よりなによりも私たちを大切に思ってくれないなら将来、私はバリには住めません。どうですか?」
と。


返事は帰ってきませんでした。

それを私は
「できない。」
と理解し
家を飛びだしてしまったのです…。

今日
もう一回きいたら
「奥さんと子供いちばん大切。あたりまえじゃん。」
って言ったけど。
じゃあもすこし
どーにかしてっ!
私をここまで追い込ませるな!

でもほんとに
バリでは私たちはバローンしか頼れる人がいません。
それをもっとわかってほしい…。
それと
私は絶対に
バリ人
じゃあない。
こちら独特の
風習や慣習
宗教
お祭りごと
なにからなにまで
わからないことだらけ。
こちらの人があたりまえのようにやること
それがわからない。

お寺のお祭りがあるときに
フラフラ外に遊びにいくのはありえないこと
これだって
なんでダメ?って思う。
こっちの人には
当然じゃん
っていうようなことさえ
理解できないことがある。

なんとまあ
たいへんなことよ。


でも気付けばもうけっこう日にちがたってる。
一大イベントまで
もうすこし。

頑張らねば!

遠くで
お寺でやってるワヤンの音がします。
まだまだ続きそうです。


ではおやすみなさい!


さっそく今朝
お隣りのおばちゃんに


「きのう、朝、出ちゃったって?」


と聞かれました(笑)

そして
「今度けんかしたらうちにきなさい。」
と言ってくれました(笑)

逃げ場ができたことに
嬉しくなりましたよ!

今度こそ
おやすみぃ…

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2008年3月16日 (日)

ぐちっていいですか…。

なかなか精神的に不安定になってきてしまいました…。


なれない地での自分の生活と
すりやに関しての衛生面での心配と
みんな平気で子供のちかくでプカプカたばこをすうことと
理解できない言語と
たくさんの見知らぬ人々と
行動範囲の狭さと
移動の不自由と
食事の不自由と…
などなどなど


いろんないろんないろーんなことが積もり積もり、
なにかをきっかけに涙として外に出てきてしまいます…

このあいだは
すりやに顔をなぐられた(笑)のをきっかけに


今日は
うちまでバイクで遊びにきてくれた日本人のお友達を見送ったのをきっかけに。

今日はそのあとバローンとバトル開始…。
ああ…グッタリ…


たくさんのひとたちが
私たちのために
ちからをかしてくれていること
私たちの今回のバリにきた目的は結婚式だ、ってこと。
それは重々分かっているつもりではいるけど
じつは
わかってないのかもしれないのかな…ともおもいます。

ぶっちゃけ
今は
式のことよりも
今の、今日の生活の疲れのほうが
どっしりと体に乗っかってしまい
前があんまり見えない…。


こんな自分がなさけないと思う反面
しょうがないよ、だって私は完全にここでは新人だもの、つらいにきまってる、という割り切りと。

せめてみんなともすこしコミュニケーションとれたら…
せめてガスコンロがあって自由に自分たちのご飯をつくれたら
せめて一日一時間でも自由時間があれば…
せめて
せめて
せめて…


と欲求ばかりがつのってしまいます。


今日のバトルで
私がバローンに
「今日みたいに比較的忙しくないときなんかは、私に、少し外に息抜きにでれば?って言ってくれたら嬉しいのに。」
と言うと
「(そんなことをいうのが)信じられない。」
と言われ
あ〜
私はほんとにここにほぼ監禁状態なんだぁ…と力が抜けてしまいました…


今回のバリは
遊びにきたわけじゃないけど…
ここまで家にしばられてたら息がつまるよ!!!!!
それと
確かにみんなすりやのこと、すんごいかわいがってくれるけど
会う人会う人バナナをくれて食べさせてくれちゃって
一日にバナナそんなに食べるってどうよ!
みんながぺっぺっ唾をはく(汚い話でスミマセン)庭をすりやがかけずりまわり、そこで転ぶってどうよ!!!
にわとりの糞も落ちてんじゃん!!!!!
お皿なんて一回水をかけただけで、全然汚れおちてないじゃん!きたないじゃん!

…と主張する私が間違ってるのかしら…。
はああ


せっかく日本からきてくれるお友達や家族と自由にすごす時間ももらうのは難しそうだし。(くれっていえばくれるだろうけど、バローンはいい顔しないだろうね。)


しょうがない、あきらめよう、って思おうとすると
せっかくの結婚式が憂鬱になってきてしまう…
するとまた
お手伝いにきてくれるたくさんのひとたちに申し訳なく思うし
たのしみにしてくれてる人たちにも申し訳ないなあ…っておもいます…

バローンは
私が今、楽しくないっていうのが悲しいんだって。
楽しんで準備なんかをできないのも悲しいんだって。
そりゃあここまで監禁されてたらいやんなるわ!
しかも私、バリ人じゃないしっ!


バトルは結局
私はもすこしがまんしてがんばる
バローンは私をもっと助ける(笑)
ということで和解しました。


ほぼ毎日のように
バイクでうちまであそびにきてくれる日本人のお友達がなんにんかいるのでそれが今は本当にありがたいです。

外国人と結婚するって
ほんと
たいへんなんだなあ…って
私、えらいところに嫁にきたもんだなあ(いい意味でも悪い意味でも)って
今さらながら実感しています。


国際結婚に限られたことじゃないでしょうが
もとは赤の他人の二人が一緒になるんだものね

どちらかが
言い方悪いけど
なにかを犠牲にしなくちゃいけないことってたくさんあるんだよね。
日本にいるときは
バローンがたっくさんがまんして
たぶん
自分を犠牲にして頑張っていたんだよね。


じゃあ
私もやっぱりもすこし頑張んなきゃなのかね。
こんな短期間なのにね。


でもやっぱり…


もすこし自由がほしーーー!!


たくさん愚痴っちゃいました(・_*)
ごめんなさぁい…
でも
ちょっとスッキリ!!!


明日は笑って過ごせるかな…

夜の十時
近くの広場から
ガムランの練習の音がまだまだ聞こえるバローン宅からでした。
おやすみなさーい。

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